「駅伝の思い出と徳島での思い出」

                                野村由喜夫

 

              私は海南町(現海陽町)出身です。大学進学を機に広島に

             来て以来いろいろなことがありましたが,現在広島市に在住

             しています。10年前に高校 教員を定年退職しましたが,

             今も数校の高校で非常勤講師として,主に野菜や草花の栽

             培,パンやケーキ,ジャムなどの食品加工実習などを指導さ

             せてもらっています。簡単に言えば若い高校生と「農業ジム」

             と自称して草刈りやくわでの畑作り等での体力作りと講義で

             の認知症対策に努めていると言った方が正しいと思います。この原稿を書いているこの時期は,秋の七草の一つのフジバカマを増やし,旅するチョウのアサギマダラを飛来させることに熱中しています。

 

 このひろしま徳島県人会には前身の「徳島県チームを応援する会」から関わらせていただき,県人会の本来の目的である全国都道府県対抗男子駅伝大会の徳島県チームを長く応援してきました。

 私は1月4日生まれで,自分の誕生日に徳島駅伝が宍喰町(現海陽町)を出発していたため,子供の頃から徳島駅伝を見るのが楽しみでした。大学時代には学内の音戸・広島間のフェニックス駅伝にその頃強豪の緑翠チームの一選手として出場したこと,これは駅伝ではないが,三次駅前から当時大学のキャンパスのあった福山市緑町までの92kmを雪の舞う厳冬の真夜中に懐中電灯を手に走歩する「ロードワンデリング」というイベントに何度か出場したこと,現在の全国都道府県対抗男子駅伝大会の前身と思われる中国駅伝の出発地点が,当時大学の寮の近くの中国新聞福山支社前から出発していたのでよく見に行ったこと,勤務した高校が駅伝に熱心で,全国高校駅伝大会に出場した時には応援で何度か京都に行ったり陸上駅伝部の顧問として山口中国駅伝の生徒引率したこともあり,自然と駅伝に興味がわきます。

 

 先日,四国放送ラジオの取材を受けました。「森本真司のうちんくラジオ 徳島スィートメモリーズ」という,徳島を離れている者が徳島時代の思い出等を紹介する番組でした。依頼された時は嫌だなと思いましたが,その準備段階で自分の幼い頃の思い出を振り返る良い機会になりました。その時のインタビューの内容を紹介させていただきたいと思います。

 

 子供の時の海南町の風景は,私の原風景となっています。美しい山と美しい川と美しい海の印象があります。山は,線路と道路を走行できる話題のDMVの出発地点の阿波海南文化村あたりには,当時「はげ山」と地域で呼ばれる小さな山があり,その山の頂上から手作りのそりで山肌を滑り降りたり,山の下のたんぼに氷がはればスケートのように滑ったりしてよく遊びました。そのはげ山から三角点と呼ばれた少し高い山までは,ヤマモモや椎の実を採ったりして食べたり,野鳥のメジロをおとりを使って捕ったりしてよく遊びました。

 紙幣や和紙の原料になった雁皮(がんぴ)採りもしました。今は和紙の原料はこうぞやみつまたが知られていますが,私にとって和紙の原料と言えば雁皮が思い浮かびます。外皮をはいだ内側の樹皮を乾燥したものを売りに行って,メジロを飼うかごを買うための小遣い稼ぎにしたものです。別の山ですが当時はよくマツタケも取れてよく食べたものです。 

 

 川は,清流の海部川でよく泳いで遊びました。白ごはんとしょうゆだけを持って行って,手長えびやアユを金つきというやすでついて捕り,河原で火を起こし焼いて食べました。スイカの香りのするアユが懐かしいです。また自宅近くの小川では,ミミズを入れた竹筒状のもうじという仕掛けや夜釣りをしてウナギを捕り,よく食べました。海は,磯へ海水浴に行ってアワビやサザエ,磯もんという小さな貝を捕ったり,金つきというやすでタコやタカノハダイなどを捕ったりしました。今思えば,お金を出して買ったものではなく,ぜいたくなものをよく食べていたと思います。

 

 また海の景色と言えば大里松原があります。広くて美しいので,小学校では学年末のお別れ遠足は毎年のようにこの海岸でした。

 大里松原の中にある八幡神社の秋祭りには,私の地元のめんきょ(四方原)からも木製の車輪で提灯や旗,笹竹等で飾られただんじりが出ました。着物姿で化粧した小学生が乗り込み,大太鼓,小太鼓,鐘を演奏しながら,大人が運動会の綱引きのような綱でゆっくりと時には走ったりしながら曳き,地元と神社を往復しました。私も大太鼓で乗せてもらいました。小学校の夏休みに地元の熱心な方の指導で大太鼓の演奏の練習をしました。

 10月15日の祭り当日は,平日でもだんじりに乗る者は学校を公認早退しました。化粧をしてもらって衣装の着物を着て,だんじりに乗り地元から神社までの往復の道中大太鼓を叩かせてもらったことが大切な思い出になりました。行きの「ドンレンドン チャキチン」と帰りの「コンコンチャキチンコンチャキチン」とメロディーが違っていました。

 今年の大里松原の八幡神社の秋祭りは残念ながら新型コロナの感染防止のため,花火の打ち上げと関係者での神事のみでだんじりなどは中止になったそうです。

 

 さて,全国都道府県対抗男子駅伝大会は昨年度は新型コロナで中止になりましたが,引き続き今後もできる範囲で皆さんと応援していきたいと思っています。

野村.JPG